スキージャンプ界で世界の頂点に立った小林陵侑さん。
2018-19シーズンには日本人初のワールドカップ個人総合優勝、さらにジャンプ週間で史上3人目となるグランドスラム(4戦全勝)を達成し、世界中を驚かせました。
しかし、この輝かしい実績の裏には、岩手県八幡平市という雪深い地域で育った特別な生い立ちがあるのです。
今回は、小林陵侑さんの驚くべき生い立ちについて、3歳からのスキー人生、中学時代の伝説的な2冠達成、そして覚醒を呼んだ八幡平の環境まで詳しくお伝えしていきます!
それでは早速本題に入りましょう !
小林陵侑の生い立ちに驚愕!
小林陵侑さんの生い立ちは、まさに「スキーのために生まれてきた」と言っても過言ではない環境でした。
岩手県八幡平市という年間積雪量が5メートルを超える豪雪地帯で、スキー一家の末っ子として誕生したのです。
父親の宏典さんは中学校教師でありながらクロスカントリースキーの指導者という経歴の持ち主でした。
兄の潤志郎さん、姉の諭果さん、弟の龍尚さんも全員がスキージャンプ選手という、まさに筋金入りのスキー一家だったのです。
Olympics.comの公式記事によれば、
本格的に競技を始めたのは小学校3年からとしているが、陵侑がスキーを始めたのは保育園の時。父はスキー指導者で、兄・潤志郎、姉・諭果、弟・龍尚もスキージャンパーというスキー一家に生まれた陵侑が競技の道に進むことは、必然だったのかもしれない
出典:Olympics.com公式ページ
と紹介されています。
驚くべきことに、小林陵侑さんは3歳でミニスキーを始め、5歳で本格的なスキーをスタートさせました。
そして小学3年生(9歳頃)でジャンプ板を履き始めたというのですから、その早熟ぶりには目を見張るものがあります。
さらに興味深いのは、小学時代にはスキーだけでなく野球も嗜んでいたという点です。
小学5年生の時には岩手県スーパーキッズ事業に合格するなど、多才な一面も見せていました。
これは小学生高学年を対象としたトップアスリート発掘・育成プログラムです。
幼少からの雪山での経験、そして野球で培った持久力が、後のノルディック複合での活躍につながったと考えられています。
3歳でスキー中学で伝説の2冠
小林陵侑さんの名前が全国に知れ渡ったのは、中学3年生の時でした。
2012年、第49回全国中学校スキー大会(北海道名寄市)でスペシャルジャンプとノルディック複合の2冠を達成したのです。
この快挙は大会史上2人目、岩手県勢としては初めてという偉業でした。
岩手県体育協会の会報誌でも特集が組まれるほど、地元では大きな話題となりました。
中学時代の小林陵侑さんは、松尾中学校に在籍しながら、田山スキージャンプ場(岩手)と花輪スキー場シャンツェ(秋田)の2箇所で練習を重ねていました。
ノルディック複合とは、ジャンプとクロスカントリースキーを組み合わせた競技です。
ジャンプで安定した飛距離を出すだけでなく、クロスカントリーでの耐久力も必要とされる、非常に過酷な競技なのです。
この二刀流を中学生の段階で極めていたことは、競技関係者の間でも「中学生でここまでやるのか」と驚きの声が上がるレベルでした。
興味深いのは、小林陵侑さんが高校卒業までジャンプと複合の両立を続けていたという点です。
ジャンプ専門に転向したのは2015年、土屋ホームへ入社してからという比較的遅めの決断でした。
しかもその土屋ホームには、レジェンド葛西紀明さんに直々にスカウトされて入社したというエピソードがあります。
葛西紀明さんは小林陵侑さんの飛型を見て「ヨーロッパ選手に似ている」と評価し、将来性を見抜いていたのです。
覚醒を呼んだ「八幡平」
小林陵侑さんの強さの秘密は、生まれ育った八幡平の特殊な環境にあると言われています。
八幡平市は標高1,000メートルを超える豪雪地帯で、年間積雪量が国内トップクラスの5メートル超という雪国です。
安比高原や八幡平スキー場があり、庭のような雪山で遊ぶ日常が、自然とスキー体質を養っていったのです。
特に注目すべきは、八幡平の雪質です。
火山性の軽く深いパウダースノーが、幼少期の安定した着地練習を可能にし、後の飛躍力を生んだと分析されています。
この特殊な雪質が、ジャンプ時の軽快な浮遊感を養ったという地元の説もあります。
また、標高の高い豪雪地帯での練習が、空気抵抗への耐性と寒冷適応能力を鍛えたとも言われています。
2026年現在も、母校の松尾中学校が応援旗を送るなど、地元との絆は続いています。
八幡平市のさくら公園では、ちびっこジャンプ体験などのイベントも開催され、小林陵侑さんのルーツが強調されています。
ワールドカップでのデビュー戦は2016年1月のザコパネ戦で、いきなり7位に入りポイントを獲得するという華々しいスタートを切りました。
そして2018-19シーズンには、日本人初のワールドカップ個人総合優勝、ジャンプ週間での史上3人目・日本人初のグランドスラム(4戦全勝)を達成。
「どこからこんな怪物が出てきたのか」と世界中を驚かせたのです。
まとめ!
今回は、小林陵侑さんの生い立ちに驚愕したこと、3歳でスキーを始め中学で伝説の2冠達成、そして覚醒を呼んだ「八幡平」についてお伝えしてきました。
小林陵侑さんの生い立ちは、環境と成長の仕方が驚きの要素となっていましたね。
3歳からスキーを始め、スキー一家の末っ子として育ち、中学時代には史上2人目の2冠を達成しました。
そして八幡平という特殊な雪環境が、世界トップレベルのジャンパーを育て上げたのです。
都市部の強豪クラブ出身ではなく、地方の雪国から世界の頂点へと駆け上がった小林陵侑さんのストーリーは、まさに現代のサクセスストーリーと言えるでしょう。
庭の雪山から始まった少年が、レジェンドに見出され、ジャンプ専門に絞った途端に世界最強クラスに化けたという物語は、多くの人々に夢と希望を与え続けています。
今後も小林陵侑さんの活躍から目が離せません!
それでは、ありがとうございました!

“`

コメント