フィギュアスケート・ペアで世界のトップに立つ三浦璃来さん。
その華やかな演技の裏には、実は「空手少女」という意外な過去があったことをご存知でしょうか?
さらに、現在のパートナー・木原龍一さんとのペア結成には、三浦璃来さん自身による「逆指名」という驚きのエピソードが隠されています。
今回は、三浦璃来さんの生い立ちと経歴について、回し蹴りが得意だった空手時代から、世界最高峰のペアスケーターへと成長するまでの道のりを詳しくご紹介していきます!
それでは早速本題に入りましょう !
三浦璃来の生い立ちと経歴が面白い!
三浦璃来さんの生い立ちは、兵庫県宝塚市という比較的普通の環境からスタートしています。
自営業を営む父親と母親、そして妹さんという4人家族の中で育った三浦璃来さんですが、その経歴には驚くべき転機がいくつも存在するのです。
三浦璃来さんがスケートを始めたのは、わずか5歳のときでした。
きっかけは、ディズニー作品に登場するスケートシーンを何度も巻き戻して見ていたことだったといいます。
「私も滑れる」と思い込んだ幼い三浦璃来さんは、実際にリンクに立ち、そこからフィギュアスケートの道が始まったのです。
三浦璃来さんの経歴で特筆すべきは、最初はシングル選手として活動していたという点でしょう。
2015年頃に市橋翔哉さんとペアを結成し、「りくしょう」という愛称で親しまれながら、全日本ジュニアペアで連覇を達成しました。
世界ジュニアや四大陸選手権など国際舞台にも早くから立っており、シングルとペアを並行しながら競技を続けていたことが、三浦璃来さんの生い立ちにおける大きな特徴となっています。
父親は自動車販売会社「三浦オート」の社長を務めており、家族全体で三浦璃来さんの競技生活を支えてきたと報じられています。
学業面では通信制の向陽台高等学校を経て大学進学しており、競技と両立しやすい環境を整えながらキャリアを築いてきました。
普通の地方の自営業家庭から世界トップへと駆け上がった三浦璃来さんの生い立ちは、まさにサクセスストーリーと言えるでしょう。
三浦璃来は回し蹴りが得意な空手少女だった
フィギュアスケーターとしてのイメージが強い三浦璃来さんですが、実は「回し蹴りが得意な空手少女」という意外な一面を持っていました。
この空手経験こそが、後の世界的スケーターとしての三浦璃来さんを形作る重要な要素となったのです。
三浦璃来さんが空手を習っていたのは、小学4年生から小学5年生の途中までという期間でした。
兵庫県宝塚市の龍舞会という道場で、スケートと並行しながら「心を鍛えるため」に空手を始めたといいます。
週1回という限られた練習時間にもかかわらず、三浦璃来さんは驚くべきセンスを発揮したのです。
特に注目すべきエピソードが、小学5年生のときに出場した男女混合大会での活躍です。
高学年部に出場した三浦璃来さんは、ヘルメットとグローブを着用し、男子選手を相手に勝ち抜いて準優勝という素晴らしい成績を収めました。
師匠である味地淳夫代表は「体は小さかったが、お手本を見せるとすぐに習得していた。回し蹴りが得意で、そのまま続けていたら黒帯だった」と当時を振り返っています。
【フィギュア】三浦璃来、空手で培った「勇気」「平常心の保ち方」 得意技は回し蹴り
出典:livedoor News
スポーツニッポンの取材に対し、味地代表は「勇気や平常心の保ち方などを空手で鍛えたい、という目的でした」と語っています。
この空手で培った精神力こそが、2026年ミラノ・コルティナ五輪での金メダル獲得につながる逆転劇の基盤となったのでしょう。
回し蹴りが得意だった空手少女が、世界最高峰のフィギュアスケーターへと成長した背景には、こうした幼少期の経験が大きく影響していたのです。
三浦璃来の技術と度胸と木原龍一逆指名について
三浦璃来さんの技術と度胸が最も際立って表れたのが、現在のパートナー・木原龍一さんとのペア結成に至る経緯でした。
この「逆指名」というドラマチックな出来事こそが、世界最強ペア「りくりゅう」誕生の瞬間だったのです。
市橋翔哉さんとのペア「りくしょう」は2019年7月に解散しました。
その直後、三浦璃来さんの側から木原龍一さんに「組んでみませんか?」と打診したことが、すべての始まりでした。
この大胆な行動の背景には、三浦璃来さんの確かな技術への自信と、新たな挑戦への度胸があったのです。
実は当時の木原龍一さんは、引退寸前の状態にありました。
2019年6月には脳振とうや肩の痛みを抱えながらアルバイトをしており、中京大学でのトライアルでは「独立リーグを受けようか」と連盟の小林芳子さんに冗談交じりに話していたといいます。
Number Webの報道によれば、自動ドアに足をかけた瞬間、コーチが「リュウイチ、靴をはけ!」と止め、それが三浦璃来さんとの出会いにつながったという、まさに運命的なエピソードが残されています。
2019年7月末のトライアウトで、木原龍一さんは「雷が落ちた」と表現するほどの相性の良さを感じたそうです。
「ペアはどちらかが相手に合わせるイメージだったが、滑ってみたら自然に合った」と木原龍一さんは語っており、2019年8月5日に木下グループから正式に新ペア結成が発表されました。
ここで「りくりゅう」という愛称が誕生しますが、その仕掛け人が年下の三浦璃来さんだったという点は、彼女の積極性と度胸を物語っています。
三浦璃来さんの技術面では、空手で培った平常心がペア転向後の高難度技術を支えています。
トリプルルッツなどの大技を成功させ、現在では世界歴代最高スコア158.13点という記録を持つまでに成長しました。
木原龍一さんは「最初はリードしていたが、今は尻に敷かれている(笑)」と語っており、三浦璃来さんの積極性がペアを変革させたことがわかります。
結成からわずか7シーズンで五輪金メダルを獲得した「りくりゅう」の成功は、三浦璃来さんの技術と度胸、そして逆指名という大胆な行動があってこそ実現したものなのです。
まとめ!
今回は、三浦璃来さんの生い立ちと経歴が面白いこと、回し蹴りが得意な空手少女だったこと、技術と度胸の高さ、そして木原龍一さん逆指名についてお伝えしてきました。
三浦璃来さんの生い立ちは、兵庫県宝塚市の普通の家庭から始まり、5歳でスケートを始めたというものでした。
しかし、その経歴には「回し蹴りが得意な空手少女」という意外な一面があり、小学5年生のときには男子選手を相手に準優勝という快挙を成し遂げています。
この空手で培った精神力が、後の世界トップスケーターとしての三浦璃来さんを支える基盤となったのです。
さらに驚くべきは、現在のパートナー・木原龍一さんへの「逆指名」というエピソードでしょう。
引退寸前だった木原龍一さんに自ら声をかけ、世界最強ペア「りくりゅう」を誕生させた三浦璃来さんの度胸と行動力には、本当に感服させられます。
空手少女から世界トップペアへという三浦璃来さんの人生は、技術・度胸・逆指名という三拍子が揃った、まさに奇跡のストーリーと言えるのではないでしょうか。
これからも三浦璃来さんと木原龍一さんの「りくりゅう」コンビの活躍から目が離せませんね!
それでは、ありがとうございました!







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