フィギュアスケート界で最も感動的な逆転劇を演じた木原龍一さん。
愛知県東海市出身の彼は、幼少期からスケートに打ち込み、数々の苦難を乗り越えて三浦璃来さんとの「りくりゅう」ペアで世界の頂点に立ちました。
シングルからペアへの転向、深刻な怪我、そして引退寸前からの奇跡的な復活。
木原龍一さんの生い立ちと実績には、多くの人の心を打つドラマが詰まっています。
今回は、木原龍一さんの感動的な人生の軌跡を詳しくご紹介します。
それでは早速本題に入りましょう !
木原龍一の生い立ちと実績が泣ける!
木原龍一さんの生い立ちは、まさに努力と挑戦の連続でした。
1992年8月22日生まれの木原さんは、わずか4歳でスケートを始めています。
名古屋の荻野正子コーチのもとでシングルスケーターとしてデビューし、小学5年生で全日本ノービスB優勝、小学6年生でAクラス3位を獲得しました。
中学生以降も全日本ジュニア2位、全日本選手権新人賞、世界ジュニア10位とジュニアトップレベルの成績を残しています。
東海市出身で中日ドラゴンズの大ファンだった木原さんは、スケートクラブに野球部を設立するほど元気な少年時代を送りました。
中京大学スポーツ科学部を卒業し、地元では「ふるさと大使」としても知られています。
2013年には高橋成美さんとペアを組みソチ五輪に出場しましたが、23位という結果に終わりました。
2018-19シーズンには須崎海羽さんと組んで全日本連覇を果たしましたが、その後の怪我が彼のキャリアを大きく揺るがすことになります。
しかし、29歳時に三浦璃来さん(当時19歳)とペアを組み直し、年齢差10歳という異例のコンビで再起を果たしました。
三浦さんとのペアで2022-23年に日本初の年間グランドスラム(世界選手権・四大陸・GPファイナル優勝)を達成し、2025-26ミラノ・コルティナ五輪では金メダルを獲得!
木原龍一の脳震とうや怪我の経験
木原龍一さんは2019年頃、フィギュアスケート選手として最も厳しい時期を過ごしていました。
2019年2月の練習中に負傷し、脳震とうと肩の痛み(関節唇損傷を含む)を抱えることになったのです。
この怪我により、2018-19シーズンの四大陸選手権と世界選手権を欠場せざるを得ませんでした。
全日本選手権連覇後という絶頂期に、須崎海羽さんとのペアを解消することになります。
木原さん自身がミラノ五輪後の会見で「脳震とうと関節唇損傷の怪我もあり、ペアの技術力のなさを感じていた」と振り返っています。
痛みの限界と将来への不安から、スケートを離れる選択肢を真剣に模索していました。
2019年6月、引退を真剣に考えた木原さんは、古巣の邦和スポーツランド(名古屋市、現・邦和みなと スポーツ&カルチャー)でアルバイトを始めています。
Number Web(文藝春秋)の信頼できる記事では、「木原龍一はフィギュアスケートをやめようとしていた。2019年6月。アルバイトをしていた」と、当時の心境を詳細に報じています。
この時期、シングル復帰も考えましたが、「もうスケートは無理」と感じ、日常の生活費を稼ぎながら将来を模索していました。
金メダル木原龍一、7年前は「引退の瀬戸際」スケート場でアルバイト 苦難の時代を知る同僚、「おごり高ぶらず、誰にも低姿勢」
出典:Yahooニュース/中日スポーツ
両親と本人の3人暮らしで、両親の支えが大きかったものの、経済的・精神的なプレッシャーが重くのしかかっていたのです。
引退寸前からの金メダル大逆転劇
木原龍一さんの人生を変えた運命の出会いは、引退を決意していた2019年に訪れました。
三浦璃来さん(当時17歳)が木原さん(26歳)に連絡し、7月末に名古屋のリンクでトライアウトを実施したのです。
ツイストリフトで「体に雷が落ちたような感覚」を得て相性の良さを実感し、8月5日に木下グループから新ペア結成を発表しました。
年齢差10歳の異色コンビが誕生し、引退危機から世界トップへの道が開けたのです。
「もう少し頑張ってみよう」と自身に言い聞かせるような状況から、わずか数年で日本初のグランドスラムを達成しました。
2022-23年には世界選手権・四大陸・GPファイナルの全てで優勝を果たしています。
そして先日、2025-26ミラノ・コルティナ五輪では、SP5位からの大逆転で金メダルを獲得しました。
前日のSP失敗後、木原さんは「怖さしかなかった」と告白していますが、三浦さんに「まだ終わってないよ」と励まされて復活を遂げています。
Number Webでは「立ち直れなかった木原をフリーで救った」と報じられ、チームの支えと三浦さんの精神力でフリー1位を果たす意外なドラマがありました。
自己ベスト231.24点を記録し、2026年現在、世界トップペアとして君臨しています。
まとめ!
今回は、木原龍一さんの生い立ちと実績が泣けること、脳震とうや怪我の経験、そして引退寸前からの大逆転劇についてお伝えしてきました。
木原龍一さんの人生は、まさに「諦めない心」の大切さを教えてくれます。
4歳からスケートを始め、シングルで輝かしい成績を残しながらも、ペア転向後は思うような結果が出ませんでした。
脳震とうや関節唇損傷という深刻な怪我に見舞われ、26歳でアルバイト生活を送りながら引退を考えていた木原さん。
しかし、三浦璃来さんとの運命的な出会いが、彼の人生を180度変えることになります。
年齢差10歳という異例のペアで世界の頂点に立ち、日本初のグランドスラム達成からミラノ五輪金メダル獲得まで、まさに奇跡の大逆転劇を演じました。
木原龍一さんの生い立ちと実績は、どんな困難な状況でも希望を捨てずに挑戦し続けることの意味や大切さを、私たちに教えてくれるのではないでしょうか。
それでは、ありがとうございました!







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